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♯1 私はここに断言する。もはや日本共産党も社民(会)党も左翼パーティーではなく
愚劣で異様な様相をした紛れも無い右翼パーティーであるということを。
それどころかベトミンも中共もソ連も朝鮮半島の共和国もナサコム体制もフクバラハップもすべて能動的(積極的)肯定を要求される時点でもう既に右翼的でしかないのである。
考えても見たまえ、今、この日出づる皇御国に於いて、真の意味で左翼的であるといる政党は果してどこであろうか?
(卑猥なる民衆の声)ジャスコ岡田率いる民主以外に他ははい。
その通りだ愚劣なる民衆よ。彼らは体力不足であり無難であり改憲派でありやや消極的選択肢ではあるがリッパな左翼だ。むしろ消極的選択を余儀なくされている時点で限りなく左翼的だ。美しく左翼的だ。見事に左翼的だ。
今日、本来攻撃的である筈の右翼が防衛的になり、防衛的(受動的)である筈の左翼が攻撃的になってきている。この不可解さ。この異様さ。これが私には絶対的に不快である。
参照URL*其の1 http://emperor.pya.jp/ "内親王秋篠宮マコリンペンを愛でる会"
♯2 何故右翼にはオタクがこれ程までに多いのだ。
ここでまた声高に宣言する。右翼とは素質であると。まず対象に対して絶対的服従を余儀なくされることに耐えられるか否か。コレが絶対的な鍵になり、オタクな方々がウヨク(的なもの)に食指を示してしまうのは、その能動的な絶対肯定が彼らにとって快感以外の何物でもないからなのだ。彼らにとって"肯定"とは服従を指し、また、彼らにとって"否定"とは即ち"非関心"を示す。言い換えれば"参加しないこと"が彼らにとっての否定行為、或いは間接的な批判行為に当たる訳なのである。
右翼は常に寡黙であり常に肯定的である。左翼は常に饒舌であり常に虚偽的である。
♯3 みたまえ、ここに"参加しろ"と叫ぶ愚か者がいる。なんの思慮も無しにである。ああ無知とはこれほどまでにおぞましいものなのか。受動的要求をする時点で僕には君が左翼的にしか見えないのだよ。そして左翼的なものは既に虚偽でしかないのだ。若者は絶対的肯定に餓えている。若者は、まるで中高年の熱狂的漫画読人のよう全てを能動的に肯定したいのだ。僕は知っている。だから黙って君を否定しよう。沈黙のうちに参加しよう。それが紳士的右翼というものだ。そして全てを肯定しよう。これで僕は一人前の右翼さ。
「こうなったら高校生的に漫画愛読者的に何でもかんでも肯定しまくってやる。」
「マコリンペン万歳!フリードリヒ2世万歳!グスタフ・アドルフ万歳!」
http://anti.bne.jp/upload/updata/up0324.mp3
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