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うーん、すげー読みづらい(苦笑)。すみません。
連続で投稿するのも恥ずかしいんですが、一生懸命書いたんでご勘弁を…
文量に制限があるみたいなので分割いたしました。
以下続きです。
随分長くなってしまいましたが、病み上がりで偉くテンション高いのでもう少々お付き合いください。
僕が朝日新聞をある程度評価している主要な点として、数々の知識人達のコメントや文章を気軽に読むことができるということがあります。思いつくままに挙げても、大澤真幸、上野千鶴子、大江健三郎、島田雅彦、芥川賞受賞者のコメント、金子勝、リービ英雄、金森修、佐倉統、丸谷才一、津島佑子、赤坂真理、高橋哲哉、ボードリヤール、石田衣良、川上弘美、山下洋輔、田中克彦、松山巌…松平さんが挙げた呉智英も時々文章を載せています。まだまだいくらでもいるのですが、このように挙げ連ねてわかることは、新聞とは言うなれば権威ある掲示板でもあるということです。もちろんこの場合も何らかの「管理」が存在することは否定できません。しかし、これだけの人間の文章が掲載されているのにも関わらず、「朝日新聞は…」と言った類の単純化、一元化された批判はやはり弱々しいと言わざるを得ません。
最後に松平さんへの応答として。新聞が商売であるということはそのとおりだと思うのですが、そのことはそのまま出版界や古典にも広がる広範囲な射程を持っていると思います。同様にテキストの政治性は、新聞だけに当てはまるのではなく、古典にこそ当てはまる問題であるように思われます。大分長いので問題提起的に終わろうと思います。ちなみに僕、社説ほとんど読みません(汗)。
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