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今晩は。
大人になりきれないまま、私もうっかり暮らしています。
私のことを優しいなんて言ってくださって、ありがとうございます。
そんなことはない、と悲観するつもりもありませんが胸は張れません。
全然。ひどいこととか沢山言ってしまいます。
さて、『死霊』についてですが、欺瞞を感じること、確かにと思います。
蓋をしてはならない。
埴谷の他の部分を楽しむ者は考える義務があるのかもしれない。極端に言えばですが。
松平さんはどう思われるかわかりませんが、
私は『死霊』を初めて読んだときに、
考えること、そのものが生きることとなっても過ちではないと感じたことが非常に衝撃的でした。
埴谷を神と仰ぐ気持ちは全くないけれど。
私は、小説とは何かということを、わからないのに手探りで知りたがりでした。
映画にも音楽にも視覚的なアートにも負けたくなかったのです。
そんなことを言うと私の程度の低さが露呈されますが、
自信を持って言えることがないくせに只々思うばかりです。
おのおのに素敵なところも享受しているくせに。
でも、自分が気の利いた文章を書く作家でもなく、
まだまだ研究者としても伝え方が確立しない最中
『死霊』を読んでくらっとしました。
空をつかむよう物言いでごめんなさい。
私の文学論はまだ此処には記せません。
松平さんが近くにいたら畏縮していたかもしれません。
松平さんは文学をやめるのでしょうか?
そんなことは全くなければごめんなさい。
小説とはどんなものですか?
究極の質問、答えでなくて構わないのでなにか聞かせていただければ嬉しいです。
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