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『社会の喪失』市村・杉田著(中公新書)

 投稿者:蔵田  投稿日:2006年 7月30日(日)17時33分36秒
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   この本を取り上げることには、正直ためらいがありますが、しかしこの本に触れずにすますことはできないのではないか、と考えました。松平さんならすぐに読むことができるでしょう。この本のなかで展開されている問いが、松平さんの思考に刺激を与えることを期待しつつ、言葉を添えることにしてみます。

 「自由について」と名づけられた小さな章が、励ましの言葉として心に響きます。「私たちに残されているもの、それは「最後」に挙げられる声だ」(p112)と記されていますが、敗北を捨て去るのではなく、拾いあげようとする態度は、最後の最後で自分自身を救う唯一の小道具という気がします。そういえば、太宰も『晩年』から書き始めていましたね。「負けることは不可避なのだから、負け方こそが大切なのだ」と言われると、自分の負けっぷりを再検証する必要を感じます。自身の敗北から出発する思考が、どれだけの射程を持っているか…が問われることになるでしょう。

 もう一つ。この掲示板で丸山について多少触れましたから、捕捉を述べておこうと思います。このテキストで、丸山はナショナリズムに否定的ではなかったという話が載っていますが、私自身も同じ印象を抱いています。2冊程度しか丸山を読んでいないくせに、と思われるかもしれませんが、前に松平さんが紹介してくれた柄谷の「丸山はマルクス主義者」という意見は、いまいちしっくりこないのが私の率直な感想です。丸山という人は国民という単位を信じていた、と思います。一般的に流布されている左翼の親玉的イメージは、どうもなじめません。ただ、私はマルクス主義者という言葉の意味が実はよくわからないので、柄谷の真意は違うところにあるのかもしれませんが。
 
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