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『社会の喪失』は『沈黙の春』みたいだなと思いました。典拠先の文献はきちんとしていると思いますが、書の全体の雰囲気が感傷的で、ぼくにはあまり共感できないです。
丸山眞男は『社会科学入門』(1956)で、政治学者は「教養人」たることを志さざるをえず、それは、「あらゆることについて何事かを知っており、何事かについてはあらゆることを知っている人」なのだと書いています。
「指揮者は管弦楽のあらゆる楽器の専門奏者には到底なれないが、少くもそれぞれの性質や奏法を一応全部知っていなければならず、しかも指揮法については徹底的に精通していなければならない。政治というのはつまりおそろしく複雑な楽器編成をもった人間社会をコンダクトして行く技術であり、それに関連する科学的知識の体系が政治学だということになる。それがどんなにはるかな目標であり、どんなに険しい山谷が横たわっていようと、この途を倦まずたゆまず辿って行くのが政治学に与えられた運命なのだ。」
丸山眞男の文章を読んでいると、大変に明晰な理論でありつつも、世界に対する実感というものとも結びついた、端正な言葉で綴られていることに驚きます。とりわけ、丸山の戦時中の論文は美文です。下手な文学などよりも、はるかに楽しく現実的に、生の形というものに、アプローチしている気分になれます。
しかし、丸山の政治学も、マルクスもヘーゲルも、ぼくは「専門奏者」などではまったくなく、内部へきちんと踏み込むことはできません。
ぼくはぼくなりに、「理論」と「実感」が一致しうる言葉、それは、極めて稀にしか存在し得ない言葉だと思うのですが、そんな言葉を探したいです。
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