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国際日本学を批判する

 投稿者:松平耕一  投稿日:2004年12月10日(金)07時49分40秒
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   法政の国際日本学が文科省に叩かれたのは、01年のボアソ事件に次ぐ、法政大学21世紀最大の不祥事であろう。ぼくも「国際日本学」と冠される、いくつもの授業に参加している身である。そのため、この問題を自主的、主体的に責任を持って受け止め、考えてみたい。
 COEは「若手研究者の育成効果があがっているか」と「研究者の間で連携がうまくいっているか」の二点を重視したという。法政の「日本発信の国際日本学の構築」は「既成の日本学を超えるものが提示されず、『日本の中の異文化』に関する視点からの新しい知見がない」ので、「計画の大幅な縮小が必要」との中間評価を受けた。補助金は大幅に削減される見込みである。本当は計画中止が検討されていたようだ。しかし、中間評価の公表直前に無理矢理、それまで決定されていた基準をねじ曲げ、四段階評価を五段階評価へと変更し、救済されたようなのである。九州大学と、盛んに大学改革を云々してきていた清成総長に、文科省が配慮したのかとも噂されているようだ。審判が試合途中にルールをかえるようでは、第三者評価が適正に行われているのか、疑わしいとの批判も出ている。
 さて、「既成の日本学を超えるものが提示され」ていないとされた「国際日本学」の授業であるが、ぼくもその授業に出ていて、日本文学なのか「国際日本学」なのか、よく分からないような授業であるように思う。「新たな国際日本学創出する」のだという意識を持ち、授業を行っている先生はどれだけいらっしゃるというのか。そのような意識はすべての先生方に浸透しているのか。「研究者間の連携」がとれていないと見られても、しょうがないのではないか。また、「若手研究者の育成効果があがっているか」といった点から見ても、国際日本学にしろ日本文学科にしろ、本当に研究者を育成する意図があるのか疑わしい。何か、「どうせ、紹介できる研究職はありません」という雰囲気が仄見える。
 この結果を受け止めた反省の声は先生方からいまだ聞かれない。百十強ある研究教育拠点の中で、九大と並んで第三者的に、ワースト一位だと判定されたのである。自分たちの行っている授業というものがワースト一位であることを認識し、反省し、自己批判すべきではないか。また、そこに所属する院生も、自主性・主体性なく漫然と授業に出ていてはならない。学生は、新たな研究分野を開拓する研究者としてのプライドを、もっともっと持たねばならない。そして、第三者の視点をもって、内部からの先生批判、自己批判、相互批判の声を、上げに上げまくらねばならない。そうすることによってこそ、新たな国際日本学を創出しうるだろう。
 九大のものにしろ、われらが国際日本学にしろ、問題となったのは人文科学系である。人文科学を国際的に、第三者的に評価したとき、いかにして、ただ趣味的であることを越え学問的であることができるか。国家というもの、ネーションというものの中における学問の目的と理念というものを、いかに位置づけるか。そのような課題を露呈させたのが、今回の事件ではないか。理系の学問にくらべ、人文科学系は、社会的にどう有益なのか、ほとんどよく分からないのだ。
 ところで最近、日本人の読解力が大幅に低下したとの国際的な調査結果が出たようだ。文科省は教育水準の低下に危機感を募らせている。もともと、日本人にとって真善美を追求するには、日本語の問題を考えざるを得ない。このような現状だからこそ、日本の人文科学の果たすべき役割は大きいし、そこにこそ国際日本学の使命がある。ぼくらは日本における「文」というもの、「精神」というものの再構築を行わなければならない。そしてその成果というものを、文科省に説得力をもってみせつけてやらなければならない。
 
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