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おお、いいですね、飲み会。ぜひとも参加したいと思っております。松平さんと実際に会うのは3年ぶりくらいでしょうか。よろしくお願いします。
それにしても、松平さんの考察は大変興味深いですね。ちょっと前に書き込みされている自我論にしても相当考えを深められているように感じます。安吾の引用文については、私の方こそ松平さんの指摘にはっとさせられました。政治と文学という切り口は非常に魅力的ですね。
今たまたま『オリエンタリズム』を読んでいるのですが、サイードも文学に侵入する政治性というものに着目していますね。フーコーのいわゆる言説(ディスクールって奴)という概念ですが、最近話題のNHK番組に対する政治介入を考える上でも参考になるかもしれません。
以前から感じていたことではありますが、ずばり表現の自由ということについて、考えてみたいと思うようになりました。もし、興味があれば松平さんや皆さんにも考えてみてほしい、と思います。まず、切り口として「政治的に中立公正な放送」を求める今の放送法について、どのように考えるべきでしょう?
この点、「政治的に中立であること」という概念は大変あいまいであることは言うまでもないと思われます。厳密に捉えようとすれば、政治から遠く離れた番組や表現であっても「中立」であるかどうかは断言できません。我々はどっぷりと近代資本主義的価値観に浸っております。では、「中立」という言葉は何の意味もない空虚な概念にすぎないのでしょうか、それとも、埴谷の言うような意味での豊穣な「不在」を指しているのでしょうか。
本当ならもう一歩進めて、最近のインターネットにおける表現の自由についてこそ考えてみたいテーマなのですが、時間がなくなってしまいました。また時間ができたらぜひ語らせてください。
19日たのしみにしております。それでは。
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