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求めよさらば与えられん

 投稿者:松平耕一  投稿日:2005年 2月18日(金)07時08分23秒
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   話題提起ありがとうございます。サイードもフーコーも、手があいたら集中して読んでみたいですね。ただし、放送法についてぼくはよく分からないです。「1.公安及び善良な風俗を害しないこと。2.政治的に公平であること。3.報道は事実をまげないですること。4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」というのが放送法の内容にあるそうですね。しかし、厳密に考えればこんなことはどれも不可能だろうとも思います。なんだか建て前のようなものじゃないかという気がします。もちろん、民主主義システムにおける法制度というものと、大衆が放送に対して欲望するものとのせめぎあいの問題や、いろいろな組織間のパワーバランスの問題等、細部を見ていけばいろいろな論点が浮かび上がのでしょう。
 ところで、テレビで行われている政治に関するコメンテーターの発言というものは、ぼくにとって聞くに耐えません。北朝鮮や韓国に関する報道もその一例なのかと思いますが、「政治的中立」というものは決してありえないものでしょう。ある情報を他の情報に対して重要だと判断し、選択すること、既にその時点で政治的要素というものは関与せざるをえません。各番組・各新聞の編集者がどのような政治思想を持っているかが、情報の識別の時点で介入するものだと思います。
 ぼくの韓国人の知り合いが、日本では北朝鮮の情報が随分流れていると、驚いていました。韓国では報道されていない情報が多くあったようです。韓国では、北朝鮮では、アメリカでは、イタリアでは、それぞれ「放送法」にあたるものはどのように設定されているのか、疑問に思いもします。
 同時に、そこでそもそも、ジャーナリズムで北朝鮮や韓国に関する報道が流されること、そして、日本人のほとんどの人がそれを知識として知っているということ自体が、良きにつけ悪しきにつけ、日本におけるナショナリズムというものの完成された形態を示しているのではないのかと、逆説的に考えもしています。ぼくは近頃、ナショナリズムとは思想ではなく、人が吸う空気に近いような、前提となる制度なのではないかと思っています。そして、このナショナリズムの成立を可能にしているものの一つが、テレビと新聞なのではないでしょうか。インターネットとネットにおける表現とは、これに対する新しい挑戦者なのでしょう。
 ぜひ、NHKや放送法、表現の自由に関する蔵田君の考察が何かあるようでしたら、お聞きしたいです。
 
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