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19日の飲み会は大変楽しかったですね。おいしいお店でしたし。私の方こそ少々飲みすぎてしまいまして反省しておりますですよ。誕生日、おめでとうございます。
正直に告白しますが、私、朝日新聞をきちんと読むようになったのはたかだかここ1年ほどなのです。だから立派なことを言えた義理じゃないんですけどね。一人暮らしを始めて間もないころ(この頃はパソコンもなかった)そのあまりの寂しさに耐え切れず、せめてもの慰みのつもりで朝日新聞を購入することに決めたのでした。
なぜ、朝日新聞だったのか。確かに僕の実家は朝日でしたから、これは簡単に家庭の影響だと説明ができるかもしれません。しかし、始まるきっかけについては僕自身あまり関心がないので、ご想像におまかせします。少なくとも、新聞各紙を読みあさり、その中からベストな一紙を選び取るというような手間のかかる作業をしなかったのは事実と思われます。それより問題は、ダメならばやめればいいということにつきます。松平さんはだからこそやめたわけですし、私も自分の立場を固定する気はまったくないのです。
ただ、少なくともこの1年読み続けてみて、読みたくないと思ったことは一度もありませんでした。むしろ非常に貴重な知的媒体であると確信しています。もちろん、さまざまな批判があることは知っていますし、そもそも批判的な検証をすること自体は大切なことと思っております。ちょっと古いがサンゴ事件であるとか、本多勝一氏の問題であるとか…ネット上では、より左翼的な立場からの朝日批判も存在するし、右寄りだが手厳しい批判もあり、それ自体は大変有意義な試みであると考えております。
少し新聞の特性について書いてみることにします。様々なテクストの中で新聞が持っているおそらく最も明白な特徴は、記事と記事との間になんの関連性もないということでしょう。
一面を広げてみて、目に飛び込んでくる活字と写真が入り混じった風景を描写してみることにします。日本語は右から左へ、上から下へと読め、という権力に従い、右側上部にまず目を向けます。そこには「堤氏きょう取調べ」の大見出しがついています。しかし、そのすぐ左隣には、「元院長免許取り消し」という見出しが打たれており度肝を抜かれます。その下には小さな文字で「富士見産婦人科病院事件」の解説が展開され、紙面のほぼ真ん中には「『郵政』成立へ大幅延長」。次に左部分に目を向けると今度は特集「病院が変わる」、そして手術中と思われる写真が大きく掲載されています。最後に最も卑しい下の方に目をやりますと、天声人語がやたらほっそいスペースにはめ込まれていて、さらにその下には広告が載っている(以上3月3日木曜日の朝日新聞朝刊の一面)。
一面だけみてもこの無節操さ(笑)。私自身は、これだけのレトリックが駆使されており、様々な分野の断片がこれでもかと自己主張していることの意味を小さくないと考えているのですが、逆に言えば、この統合失調な相手に向って、(新聞というメディアそのものではなく、朝日新聞という個別具体的な情報源に対して)どんな批判をするのか一断片としての一記事ごとに考察しなければ、なかなか説得力が生まれてこないと言っていいのではないでしょうか。もちろん、編集方針なるものが存在するわけですし、朝日の方向性そのものを批判する場合、その批判が成立することに反対はしません。政治家による事前検閲は法律上許されませんが、編集者による事前編集については権利ですらあるのでしょうから。そして、この立場から私は読売、産経、その他の新聞、雑誌に掲載されている記事そのものについて全て読む価値なしとは当然のことながら考えていません。朝日だけでは足らないことを重々承知しながらも、時間その他の都合上やむを得ず取捨選択させてもらっているにすぎません。ただし、個人的な意見として読売新聞の社説については個別具体的に反論があることを明確にしておきます。
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